2013年11月11日月曜日

手間と豊かさ

那須にある非電化工房で味わった「飲むまでに25分かかるコーヒー」
コーヒーの味も、匂いも、その手間をかける時間全体を味わう。

無農薬の生豆を煎るところから始まり、
どんなもんかこんなもんかと、豆とにらめっこ。

ゴリゴリとミルで挽く。
香る。
飲む。
味わう。

藤村さん曰く、
「コーヒーは挽くとどんどん酸化する。味も落ちるし身体にもよくない」

煎りたて挽きたてコーヒーを味わう時間を持てない
のは、何かおかしいのだろうと思う。
そうまでして時間に追い立てられるのはなぜか?と暮らしを見つめ直した方が良いのでは?と思う。

収入が減る。
ようするにお金は多いほうがいいという欲にかられているのだろう。
家族を養うのにそんなこと言ってられないと言われたら、
生きるってなんだろうね?と思う。

ぼくはそういう生き方をしたくないから、していない。
収入は大幅に減った。
だからなに?だ。


2013年11月8日金曜日

間#3 対談の間ー変わらぬものーを終え、あらためて再確認したいもの

百姓菩薩と呼ばれた松井浄蓮師が、機関紙「萬協」創刊号に寄稿された

「創刊の辞にかえて」 

終戦直後、自分は家内と子供六人をつれてこの比叡の山ふところへ入り、少しばかりの開墾をして新生活をはじめた。
そしてあくまで、我が民族のおかれている国際的な環境と、国内事情を厳正にみつめ、八千万分の一に徹するの決心、国民的覚悟を通じて、ひそかに抱きつづけてきているものがある。

それは現在、この地球上の人間、二十四億の人類が何に苦しんでいるか、そして、究極においてどのようなものを具体的に求めているかを、しっかりと、掴んでみたいということであり、これによって、この小さい自分自身の生活の方向づけを一つしてみようというのである。
これは実に容易ならぬ願望であるが、幸い家族の者が喜んで協力してくれるので全く遅々としてではあるが、豊かな気持ちで遥か行くてを楽しんでいるというところである。

今、世は挙げて不信と対立、混迷と焦燥をつづけており、闘争、冷酷、共食いと、これが世界を根深く支配している思想、政治、経済の近代的性格であるが、これはこれで、一部論者のいう如く、大きく史的発展を遂げんとする人類が、必然的に当面せねばならぬものと、一応解釈してみても、果たして次にいかなるものが約束されているであろうか。
抽象的に何かは描かれているようであるが、無論、漠然としたもので、これは未来に属することとして、霧中の彼方におかれているのはどうしたものか。
過去と現在を余すところなく的確に科学したものなら、来るべきものも明確に、具体的に示されるのでなければ、その真理性を信ずるのに躊躇を覚える。
さらばというて資本が物を清算するという方式によってのみが、人間の自由を保障するという考え方の過誤、行きすぎも、身をもって体験したことで、あまりに苦いものであった。自由を求めて不自由となり、開放を叫んで鉄柵をつくるの愚というても、なお、足らぬ思いのする生々しき現実相ではある。
しかし、時流に縋る以外に生きる道を失った大衆、大勢は、滔々として地球線上をおなじ坩堝と化さずんば止まぬものの如く、人間史の汚辱もまた極まるというのは筆者一人の感であろうか。
十億光年の彼方の青雲を測定し原子構造を解析する人間が人間自身を知らず、その外へばかり向けた眼、知恵でつくったもので自分が苦しみ、自己を破壊へ破壊へともって行く。 笑えぬナンセンス、世紀の悲劇というの他はない。

ちょっと、二三行をと思っていてうかうかと柄にもなく時運を嘆いてみたが、これはここでは余事である。浩瀚、世界文化史大系を成したウェルズをして晩年、"人類に絶望す"とまでいわしめ、ついに悶死させたという一事を想起すれば足りることである。

そこでまた自分の足許へ戻ってみる。
終戦直後、この山へ入ったのは今から考えてみて、全く本能的なものであった。この本能的なものの中に無限の感慨を覚え喜んでいるのであるが、こうなってみて、かつて気づかなかった一つの拾いものをしたことを特記しなければならぬ。

それは他でもない、自然観の再認識とでもいうてみたいものである。
詩人の歌った自然、宗教家の体験した自然、科学者の究明した自然、ともに美しく尊いもの、あるいは真理といわれるが如きものも、かつて、我々は多くこの中から教わった。ところがなんぞ計らんその自然、大自然と自分が一つのものであったということである。
自然と自分、人間が別物でないという、この判りきった事実を再認識したという筆者を心ある人は笑われるかも知れぬ。しかし致し方がない。自分は今まで自然というものを無意識のうちに客体視して、それから離れ、幽霊の如く、宙に浮いていたものであったことを正直に告白しなければならぬ。
自然と自分は一つであると、この極めて平凡な、今更いうてみるのもおろかしきこの言葉のもつ内容が、生活的に、今の人間社会に失われているところに、何よりも第一の不幸がある。

これについてはいずれ稿をあらためることとして、ここにとりあえず強く提唱しておきたいことがある。それは他でもなく、この四つの島、狭められた国土に、総人口の約半数を占めるといわれる、世界にも類例少なき小農である。
いわゆる、世の進歩的指導者と呼ばれる人達によれば、これが一番日本の社会を近代化させる上において邪魔物であるといわれているが、筆者はまた別にみるところがあって、逆に、これこそ将来日本の顔となるものであり、大きくは世界の文運に対してなんらかの挨拶をするものであると確信している。
これは現在の世界を支配している思想、政治、経済の眼をもってしては、到底、見うるような軽々しい価値のものではない。
長い過去、いつの場合でも支配され、指導され、被治者的存在として、己も知らず他も知らずで過ごしてきたのであるが、一つの生活体としてこれだけは、今の世に毒されぬ処女性をもったものであり、次代を決定する人間文化を孕みかつ産むであろう生理を秘めて、未だお白粉気も知らぬのがこの小農である。問題はそれへの自覚であり、時代を追うての成長である。 

何か、創刊の辞をということで筆をとってみたが、もともと他に読んで頂き、研究してもらうような理論を考えている訳でもなく、どうした行きがかりか、時代苦、生きた人生道とでもいうようなものに、大袈裟にいえば一家をあげて体をかけているというだけのこと、そこで書くとなれば自然と、この眼でみる社会相、そしてこれへの在り方としての自分の身辺からというようになって妙な感じ、いささか憚りを思わぬでもないが許してもらうより他はない。

なんというても世界は、人類史を画するほどの転換期に立っている。今までの頭で見当のつくような簡単なものではない。いかに大きくみえても実体を知れば愚にもつかぬ人さわがせのものがあり、そうかと思うと、些細なことで決して見逃してはならぬ貴重なものもある。
近視眼的なものを去って、遠くを慮りつつ、刻々に手近なものから決定して行かねばならぬ時、心ある方達の切なる要望でこんなものが出ることになった。

ここ数回は責任もあり、少しいばって自分も書かせて頂くがゆくゆくは、会員の方達、ことに若い人達がご自分のものとして、奮って筆をとるようにしてお互いに磨き合いつつ、当面に処し、次代を背負うの具にして頂ければ何より有難いと思う。

(昭和27年3月執筆)

2013年11月7日木曜日

言霊

カンタ・ティモール上映会に向けて動いています。
先日京都での上映会に参加させていただいた際に聞いた、監督である広田奈津子さんから伝えられた映画の中心人物アレックスのメッセージ。
ぼくはそれを聞いてからだの奥底がふるえました。

文字にされているなら教えてくださいと頼んだところ、先ほどメールをいただきました。
映画と監督の声を楽しみにしていてください。 上映会は来春の予定です。

「…2011年5月、津波のすぐ後にアレックスに会いにいった時、彼等は特に原発事故のことを心配していて、「毎日祈っているよ」と言ってくれました。そして「僕たちは地下資源をめぐる戦争ビジネスに巻き込まれ、それを冷静に見てきた世代だから、原発の背景にいかにややこしいことがあるか想像している。でも日本の人たちはこの試練を乗り越えようと頑張っているだろうから伝えてください」と、この伝言を預かってきました。

『自分たちの仲間が10人にしか見えなくて、対するものが大きくて、巨大で、千人にも見えても、もしそれが本当に命に沿った仕事、命が喜ぶ仕事であれば、亡くなった人の魂がついていてくれる。それは千どころじゃない。
絶対に大丈夫だから恐れないで続けて下さい。仕事の途中で命を落とすことがあるかもしれないけれど、それでも大丈夫だから恐れないで下さい。
もしどうしても仲間が10人にしか見えなくなったら、ぼくたちのことを思い出して欲しい。 ぼくたちは小さかった。あの巨大な軍を撤退させることが出来たら奇跡だと笑われた戦いでした。でも最後には軍は撤退しました。
それは夢でも幻想でもなくて現実に起きたことです。見えない力も、ぼくたちを支えてくれました。どうか信じてください。』

http://www.canta-timor.com/

2013年10月8日火曜日

モノからヒトへ

早々に宿泊営業ができるようにしたい。
アイディアの域を越えないゲストハウスを具現化するか、民宿か。
不思議とヒトが集まってきてくださる。にも関わらず日帰りでは申し訳ない。

早朝の美しさ、
闇の美しさ、
東京にも、京都にもないものがここにはある。
五つ星ホテルにはないものがある。

モノからヒトへと価値の振り子が戻っていっていることを強く感じる。
その振り戻しは、いくら企業やそれに尾を振る政権が抵抗したところで止められない。
ヒトはヒトを呼ぶ。


ウチ開きか、半分空き家となっている家を使わせてもらうか。
来週、家主さんと別件で話す機会があるので一案として提案させてもらおう。

モノからヒトへ。
ヒトはやはりヒトなのだろう。
モノの世界の極みに住むような、欲しいモノはなんでも揃えられるといったようなヒトもヒト。
他者との交流にカネでは買えない価値を見出すヒトはいる。

モノではない、ヒトだ。
よりいっそう地に足をつけなければと思う

2013年9月16日月曜日

口が先走り、頭が先を転がり、身体は遥かうしろ

対談の間に向けて作っているサイトの情報提示の質の低さから、
他者の側に立って情報を伝えることの難しさや、
自惚れを知ることとなりました。

いい勉強になりました。

基礎をないがしろにして側ばかり装っていたんですね。
これはサイト構築だけにとどまらず、
自身の日々の視点そのものがそうだということ。

なにか浮かれていたのか。足元を見つめ直すいい機会となりました。
言葉ばかりが先走り、実体が追いついていなかった。
本当にありがたい指摘をいただけました。

しかし、まだ見えていないように思います。
起床後も据えることで、ロールシャッハの絵のように、
見えぬ我が身を見えるようになりたいです。


今は優が地図を作ってくれています
後ほど掲載します

http://hitoma3.blogspot.jp/

2013年9月13日金曜日

足元

最近はもっぱら活動のblogばかり書いています。

「対談の間」ー変わらぬものー

これは、アウトプットの割合が増えているということだと思います。

帰郷し一年と四ヶ月。
良い出会い、良きヒトとのつながりが圧倒的に多く驚くほどです。
本当にありがたい。

進む方向があっていることを指し示しているのだと思います。

もっとしっかりしなければ、と思う。
手と足を使わなければと。

2013年8月7日水曜日

実り

「大地を耕すことは、自らの心を耕すことに通じます」
麦の家の山崎さんにいただいた言葉。

穂が実りました。

畦作り、水路作りから手ほどきをうけながら始めさせてもらった田。
10年来の耕作放棄地ということで農薬や肥料の影響も無いに等しく、
また隔たれた棚田ゆえに念願の無農薬無肥料の自然栽培をおこなえています。

棚田のオーナーに初期の頃「自分にとって自然栽培とはなんですか?」
と、問われ「自然と一となることです」
と答えたのだけれど、
実際に畦作りをしている頃、はびこった葛の根と向き合い、
自然と対立している自分が見えた。
葛の根はそら厳しく、対抗するものではないと悟った。
昔の人はその「やっかい」な葛の根を、布にしたり食物にしたりと、
「ありがたいもの」に変えた。
その知恵に感服。

頭でなくて、手でくわをふるい、脚で大地を踏みしめ、
身体が考えてくれた「自分にとっての自然栽培とは、自分自身を耕すことだ」と。

その数ヶ月後に山崎さんから届いた葉書に前述の言葉が書かれていました。

経営としても成り立つ循環型農業である自然栽培の必要性や有用性は感じますが、
いまはまだただがむしゃらに大地を耕したいです

穂が実った稲や、すくすくと育つ作物をみると嬉しい。
鹿に食われても食われても育つ。
色んな虫に葉を食われても育つ。

父や母は育つ子供をどのように見るのだろう