標的の村で描かれているものは、歴史の教科書で習うものではなく、今現在続いている問題で、
今この時を暮らす日本人全員が問われる。
三上さんが映画という見やすいものにしてくれた。
それをみて感じた人が動いた。
高江の現場まで行って、自分の目で見る人が現れた。
イデオロギーなんて吹っ飛んでしまう現場の空気を感じることに意味を見出す人たちが全国から集まる。
暑くても寒くても権力の横暴に曝されてもそこに生きる人たちがいる。
高江のヘリパッドは、履いて捨てられるニュース番組の商品なんかではない。
友達が自主上映会を開いて何を世に問うのか興味ある。
何を創りたいのか。何を産み出したいのか。
「小さな劇場」という名前でどんなでっかい妄想をしているのだろう