「大地を耕すことは、自らの心を耕すことに通じます」
麦の家の山崎さんにいただいた言葉。
穂が実りました。
畦作り、水路作りから手ほどきをうけながら始めさせてもらった田。
10年来の耕作放棄地ということで農薬や肥料の影響も無いに等しく、
また隔たれた棚田ゆえに念願の無農薬無肥料の自然栽培をおこなえています。
棚田のオーナーに初期の頃「自分にとって自然栽培とはなんですか?」
と、問われ「自然と一となることです」
と答えたのだけれど、
実際に畦作りをしている頃、はびこった葛の根と向き合い、
自然と対立している自分が見えた。
葛の根はそら厳しく、対抗するものではないと悟った。
昔の人はその「やっかい」な葛の根を、布にしたり食物にしたりと、
「ありがたいもの」に変えた。
その知恵に感服。
頭でなくて、手でくわをふるい、脚で大地を踏みしめ、
身体が考えてくれた「自分にとっての自然栽培とは、自分自身を耕すことだ」と。
その数ヶ月後に山崎さんから届いた葉書に前述の言葉が書かれていました。
経営としても成り立つ循環型農業である自然栽培の必要性や有用性は感じますが、
いまはまだただがむしゃらに大地を耕したいです
穂が実った稲や、すくすくと育つ作物をみると嬉しい。
鹿に食われても食われても育つ。
色んな虫に葉を食われても育つ。
父や母は育つ子供をどのように見るのだろう